Kentaro Kuribayashi's blog

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エンジニア専門職のグレードについて詳細な役割定義は必要か?

様々な人々から、エンジニアに関する制度についてインタビューされる機会が増えてきた。その中で考えが整理されてきたパーツもあるので、せっかくなのでまとめておこうと思う。


ペバボのエンジニア職位制度のアップデートについてなどで書いている通り、ペパボはエンジニア専門職制度を制定し運用している。その前提として、専門職制度がどのような位置付けかというと、簡単に示すと以下の図の通りである。

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この構造自体は特になんの変哲もない、わりと一般的な制度だといえるが、我々はこの中にひとひねり加えている。以下に説明する。

前提知識

ただし、その前に人事制度における前提的知識について述べておかないとならない。

社員格付け

昨今は「フラットな組織」「ネットワーク型組織」などというものも出てきているが、それはそれとして、一般に企業組織は、その構成員をなんらかの方法を用いて格付けしている。すぐに思い浮かぶのは、部長とか係長とかいった役職だろう。

ただし、格付けの方法はそれだけではない。日本企業においては、伝統的に以下のふたつが並列する制度が広く用いられてきた

  • 役職制度: 前述の部長や係長といった役職による格付け
  • 職能資格制度: 職務遂行能力による格付け

このふたつが並列しているということは、職能資格上のランクと役職的な「偉さ」がともすれば一致しないことになるわけだが、終身雇用制度下の組織においてはそれなりに便利だったので、広く用いられてきたわけだ*1

昨今の新興企業では、そのような制度を採用しているところは少ないだろう。その両者をミックスしたような、役割等級制度を採用している企業が多いと思われる。その特徴は、役職制度と職能資格制度の並立のような複雑な制度を廃し、

  • グレードに応じた役割を一意に定義していること
  • 賃金体系をその役割に応じて一本化していること

ということが挙げられる。

昇進と昇格

昇進と昇格とは、どちらも似たような字面であるため、区別がつきづらいが、その意味は人事制度上はずいぶん異なったものだ。その理解のためには、上記した社員格付け制度について知っていなければならない。すなわち、

  • 昇進: 役職制度において上位へあがること
  • 昇格: 職能資格制度において上位へあがること

を意味する。その違いは、昇進・昇格させる権限を持つ者が、どのような動詞でもってそれを行うかの違いとしても説明されるし、その行為がどのような期待を暗示するかの違いとしても説明される。すなわち、

  • 昇進: 命じられる。「入学」方式
  • 昇格: 任じられる。「卒業」方式

昇進というのは、身近の例で思い浮かべて欲しいのだが、たとえば課長になるよう「命じられる」ものだし、その者が(能力はあるだろうにせよ)最初から課長としてバンバン成果を出すことを期待するというよりは、これからがんばってねという期待を示すものだ。

一方で昇格というのは、一定以上の職務遂行能力を持っていることにより「任じられる」ものだし、その者は昇格したその日からその格付における職務能力を発揮することを期待される。これは、能力というものの性質上、当然のことだろう。つまり、下位の資格を「卒業」して上位にあがるという期待が示されている。

ペパボの社員格付制度

ペパボでは、上記の図で示した通り、役割等級制度に近い制度を採用している。ただし、最初に書いた通り、そこにひとひねり加えている。

他の制度同様、役割等級制度においても、「等級」や「グレード」などと呼ばれる階級のそれぞれについて、一般に、明確な定義が行われる。もしそうでなければ、制度を運用する側もその制度の下で働く者たちも、何を期待するべき/されているかがわからないため、制度がなりたたない。

明確かつ納得感の高い期待をみんなが共有し、内面化し、自己の成長のためのツールとして利用できるようにし、ひいては事業成長に寄与することが、人事制度の目的である。

そこで、役割定義というものが誤解の余地のないよう平易な言葉で、できるだけ具体的に記述され、等級表のようなものが各社で作成されているわけだ。ペパボにももちろんそれはあるし、メンテナンスされ続けている。

専門職の役割記述

上記は一般論としてはその通りであることは明白だし、実際にペパボでも、そのように運用している。ただし、エンジニア専門職についても完全に同じようなことでよいかというと、我々はそうは考えていない。どういうことか?

繰り返しになるが、一般に、等級が示す役割に期待されることを明確に記述することが社員格付け制度においては重要とされているが、エンジニア専門職(あるいは専門職一般かもしれないが)について我々はそれを必ずしも必要であるとは考えない。エンジニア専門職についての定義をまったくしてないというわけではないが、ほぼ以下のふたつのリソース以上のことはない。

  1. 上記したペバボのエンジニア職位制度のアップデートについてにある内容
  2. エンジニアの働き方 | キャリア採用 | 採用情報 | GMOペパボ株式会社に記載の内容

その他には、1)のエントリにある通り、昇格評価プロセスが全社員にすべて公開されているので、これまで積み上がった昇格可否判断の歴史もある。そこには、昇格可否判断の根拠についても詳細にドキュメントされているので、それなりに多量の文面となっている。

そういう意味においては、成文法主義に対する判例法主義のような制度であるともいえる。

エンジニア専門職とは

組織の規模・発展段階によって適した制度はいろいろあるが、我々のような新しい市場を切り開いていくタイプの、現に規模が小さく、将来に対してはまだまだアーリーステージにある企業にとっては(そうでなくてもだろうが)、制度は実態に即したものでなければならない。では、エンジニア専門職の実態とはなんだろうか?

エンジニア/エンジニアリングのビッグピクチャ」で述べた通り、我々のみならずインターネット企業に勤務するエンジニアは絶え間ない成長を求められているし、実際、いやでもそうでなければ生き残れないだろう。ひいては、それらエンジニアたちによって「組織能力を圧倒的に成長させること」ができなければ、企業は生き残ることができない。

ただ、だからといって我々エンジニアは、そんなことを考えて成長し続けるべくがんばっているばかりではない。いまも昔も、エンジニアの成長にとって一番重要なのは、

  • 未知の問題をなんとかして解決したいという情熱
  • 憧れの存在になんとかして近づきたいという憧憬

であるだろう。そうでなければ、昼も夜も、平日も休日も、何年間も技術を追い求めて倦まないないなどということがあり得るだろうか。そんなわけで、企業的な理屈とは別に、エンジニアには成長へのモチベーションが強く存在するし、また、そうしたモチベーションを喚起できるエンジニアこそが成長できるわけだ。鶏卵問題ではあるが、その均衡を打ち破れなければ、そこで終わりだ。

そのようなモチベーションにより圧倒的な成長を成し遂げるエンジニアたちにとって、詳細な役割記述は必ずしも有用ではない。もちろん、何もないでは単なる怠慢の謗りは免れないが、それだけでは充分ではないのだ。では何が必要か。それは、たとえばよくいわれるような「アプレンティスシップ = 徒弟制」のような、モチベーションを適切に醸成するような仕組みだろう。

そのような考えに基いて我々は、たとえば新人教育を行っているし、それは以下のスライドに示した通りだが、それは何も新人に限ったことではない。

そうであってみれば、役職として「入学」方式で期待をする管理職について「成文法主義」的に役割記述を明確化することとは対照的に、職能として「卒業」方式で能力が認められるエンジニア専門職について「判例法主義」的アプローチを採ることの理由は明確だ。

強いモチベーションと、その結果としての能力を扱う以上は、それを詳細に記述することにあまり意味はない。それよりも、上位の者が彼/彼女らの圧倒的な強度を示すことで、他のエンジニアたちの模範・憧憬の的となり、モチベーションを醸成することの方が重要だ。

すなわち、「◯◯の役割定義は?」という問いへの回答は「××さんのような者であることだ」ということになる。それが、標題の疑問に対する回答である。

注意点

この制度が、必ずしもすべて順風満帆にいっているかどうかといえば、そうとはいえないのは明白だ。たとえば、以下の様な感想・意見・不安が語られたりもする(まあ、それがこうしてネット上のブログにアウトプットされるという自由さはまた、我々のある面における成功を示していると誇らしいわけだが)。

また、エンジニアがモチベーションにより圧倒的に成長する存在であるということは、人事部門が制定した役割記述のようなものではなく、その上位に立つエンジニアたちが大きく成長し、圧倒的な成果をあげることで、モチベーションを喚起する存在であり続けなければならない、それはそれで過酷な制度でもあるということだ。それは、やってみれば容易にわかるが、なかなかのプレッシャーではある。どんな組織にも可能とは思われない。

また、ペパボのようにエンジニアが70人そこらの会社なら今はそれで回るが、ではそれが10倍、100倍になった時にどうするか?というのは、これから考えていかなければならないことではある。

参考文献

マネジメント・テキスト 人事管理入門<第2版>

マネジメント・テキスト 人事管理入門<第2版>

能力主義人事の設計と運用トータルシステムの進め方

能力主義人事の設計と運用トータルシステムの進め方

アプレンティスシップ・パターン ―徒弟制度に学ぶ熟練技術者の技と心得 (THEORY/IN/PRACTICE)

アプレンティスシップ・パターン ―徒弟制度に学ぶ熟練技術者の技と心得 (THEORY/IN/PRACTICE)

企業内人材育成入門

企業内人材育成入門

*1:このあたりについて説明を長ったらしく書くのは本旨から外れるので、イメージだけ理解しておけばよい。詳細について知りたい場合は、参考文献にあたられたい。