宮台真司インタビュー「歴史を忘却する装置としての象徴天皇制」(「新現実 vol.2 」)
異性と自由に付き合える奴が偉くて、付き合えない奴はダメな奴で、ダメな奴がダメさを補完するためにサブカル的・宗教的・政治的な方向に行ったりしてるんだっていう図式が、もう通用しないんです。一次的な評価としては、とてもいいことですよ。性に関わるシステムによって動員されることに、自覚的になったからです。性に関わるシステムによって動員されることの実りのなさを、ちゃんと意識できるようになったんです。
しかし、別の波及効果がある。すなわち、やはりディプレッシブなものが消えるんです。「あそこにアレができる奴がいるのに、俺にはできない」っていう意識がなくなり、「あいつはアレをする、俺はコレをする、以上!」ということになるんです。それを僕は「島宇宙化」って言ってきました。これがある程度進行すれば、永久に停滞するだけだと思います。僕は、さっき大塚さんがご自分について仰ったのと似ている経路があって、90 年代半ばに「まったり革命」を提唱しながら、そうした「島宇宙化した停滞」をむしろ煽っていたと言わざるを得ないし、ブルセラ少女や援交少女に言寄せて、歴史意識を欠いた存在を擁護していたと言わざるを得ない。歴史意識を欠いて暮らせるような社会になることはいいことじゃないか、という具合に。
だからそこには明らかに僕の方向転換はあります。弁解すると、それは物事が決定的に変化したがゆえになされたことです。僕が「まったり革命」を提唱していたときには、そのことで批判したい対象があった。それは、動員に向けて捏造された歴史であり、捏造された象徴界であって、その中に「田吾作による天皇利用」という意味での天皇スキームも入ります。捏造された記憶や象徴だけは勘弁してくれというために「まったり革命」を擁護していた。でも今やそれを言うことに意味がありません。なぜならば、捏造されたもなにも、もはや家族の記憶も地域の記憶もないんですよ。誰もそれを生きてないわけ。
[ 宮台真司インタビュー「歴史を忘却する装置としての象徴天皇制」(「新現実 vol.2 」p.27 ) より]
90 年代は遠くなりにけり、ってね。そりゃ僕も、階段を 2 階分ほど駆け登る程度の運動で息が切れるほどのオッサンになりはててしまうわけだ。95 年のオウム騒動の際、オウム信者への影響を糾弾されていた中沢新一さんとの対談にて浅田彰さんが「ニューアカとか記号の戯れとか、ああいうのを真に受けてた馬鹿な読者への責任なんて取れるわけねーよ」というようなことを語ってた(確か「諸君」誌上だったと思う)けど、なんつーか、宮台さんもそういう感じなのかしらん。でもなぁそういうのって、若い頃は「武勇伝」めいた小説を書いてたひとがいい年になったら説教臭いエッセイを書いちゃうってのと似てるよなぁ。いや、正しいことをいってるとは思うけど。