Kentaro Kuribayashi's blog

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Growth Hack(グロースハック)における3点の特色について

昨年(2012年)半ば頃からGrowth Hackという言葉が流行し始め、海外はもとより、日本においても先日Onlab [Growth] Hackers Conference 2013というイベントが開催されるなど、ますますの盛り上がりを見せています。本稿では、Growth Hackの何が新しい(あるいは新しくない)のかについて述べます。

Growth Hackが流行りかどうかはともかくとして、Growth Hackが目的とするところには、自分自身問題意識を抱いていることもあって、すこし調べてみているところです。

「Growth Hackとは何か?」要するに、できるだけ多くのユーザを獲得するための取り組みという意味ととらえて間違いはありませんが、内外の文献を元にもう少し整理すると、特に、以下の3点の特色を持ちます。

  1. いわゆるビッグデータドリブンであること
  2. AARRRフレームワーク、特に"Referral"(紹介)にかかるヴァイラル係数を重視すること
  3. 新たな組織作りを含む、組織横断的な取り組みを行うこと

順番に説明していきましょう。

1) いわゆるビッグデータドリブンであること

データ分析による改善施策の実施といったことは、これまでもアクセス解析ツールなどの使用を中心に広く行われてきたことではあります。そうした意味においては、これまでも「データドリブン」であったことには変わりなく、何が新しいんだという疑問を抱くのも当然のことでしょう。では何が違うのか。以下のように整理できるでしょう。

  • これまで: 現状分析
  • これから: 将来予測

広告業界を例にとってみましょう。『アトリビューション 広告効果の考え方を根底から覆す新手法』(2012年刊)では、これまでのクリックスルー/リスティング広告偏重の予算配分ポリシから、ビュースルーの把握によりインプレッションの効果を可視化することで、より多面的な広告戦略が可能になってきたことが語られています。ディスプレイ広告のインプレッションを含むユーザ行動の全体を把握し、適切な予算配分を行うことで、コンバージョンをより高めることが可能である旨語られます。

さらに進んで今年(2013年)は、『顧客を知るためのデータマネジメントプラットフォーム DMP入門 (NextPublishing)』(マジおすすめ)という本が刊行されもしたように、DMP(Data Management Platform)が話題となり、とりわけ、広告主やメディアがプライベートDMPの構築に向かうだろうという予測が述べられているところです。DMPが、上述の可視化にともなうディスプレイ広告の復調、それを支えるDSPの活躍の後ろ盾になることはもちろん、広告主・メディアそれ自身が、現状分析を超えて、データによる将来予測を行いつつある現状が語られているのが今です。

Growth Hackがビッグデータドリブンであることとは、単に現状分析をするだけにとどまらず、上に例示したようなアトリビューション分析やオーディエンスデータの活用における意味での「データ」の使用を指しています。

2) AARRRフレームワーク、特に"Referral"(紹介)にかかるヴァイラル係数を重視すること

先述の通り、Growth Hackは「より多くのユーザを獲得すること」を至上命題としますが、これまでもWebサービス運営者は、当然のことながら「より多くのユーザを獲得すること」に心血を注いできたわけです。では何が違うのでしょうか。それは、AARRRフレームワークの重視、なかんずくReferralの重視に現れます。

日本でAARRRが語られるようになったのは、おそらくは『Running Lean ―実践リーンスタートアップ (THE LEAN SERIES)』に紹介されているようなリーンスタートアップの潮流にともなうものであろうと思われるわけですが、さて、そのAARRRフレームワークとは何か?要するにそれは、目標到達プロセスを分析するための「ファンネル分析」のひとつで、各ステップを以下の通り定式化します。

  1. Acquisition (ユーザ獲得すること)
  2. Activation (ユーザがサービスをよいものだと思ってくれること)
  3. Retention (サービスを繰り返し利用すること)
  4. Referral (ユーザがサービスを友人・知人などに紹介すること)
  5. Revenue (ユーザが課金アイテムを購入するなど収益をもたらすこと)

「ファンネル」という言葉通り、上記のステップは、先に進むにつれて先細りする形を取ります。「ファンネル分析」とは、その先細りをできるだけ抑え、ボトルネックを取り除くために行うものです。

Growth Hackにおいてはここで、4にあげた"Referral"を特に重視します。1人のユーザが何人のユーザを新たに連れてくるか、つまり、

  • 新たに連れてきたユーザ数/1人のユーザ = ヴァイラル係数

が1を超えることに成功すれば、そのサービスは放っておいてもどんどん大きくなっていきます。それがどれぐらいの数字になるかは是非手元でExcel等を使って計算していただきたいのですが、面倒な向きにはThink Like A Growth Hackerというスライドに目を通してみることをおすすめします。

ソーシャルによるクチコミが大いに力を発揮するようになった現状において、AARRRによって判明するボトルネックの内でも特に、Referral(紹介)というパラメタにより重きを置くのがGrowth Hackの特徴です。

3) 新たな組織作りを含む、組織横断的な取り組みを行うこと

個人的にもっとも大切だと思うのがこの点です。

「データドリブンな施策の実行」とひとくちにいっても、その実現にはおうおうにして組織の変革が前提になるという認識が、昨今では一般的になってきています。そのことは、たとえばFacebookなどの先端的企業が「データサイエンティスト」という新しい職能を生み出したことや、Growth Hackerという名付けそれ自体にも端的に現れています。組織的変革を必要としないならば、新たな名前など必要ないのですから。

「データドリブンな施策の実行」のためには、以下2点が必要です。

  1. データドリブンを第一とする企業風土への変革
  2. 部署を超える組織横断的なデータ収集・分析

この2点については『分析力を武器とする企業 強さを支える新しい戦略の科学』が一冊をかけて述べていることでもあります。まずはデータの分析・解釈・施策立案を第一とすることに、すくなくとも重要な判断を行うセクション(つまりは経営層)が同意する必要があります。せっかくのデータも、判断のための用を足さないとすれば、意味がないからです。

さらに実践においては、部署間を超えた横断的な取り組みが必要です。おうおうにして部署内に滞留しがちな各種データを、その垣根を取り払って収集すること。また、それら収集したデータの分析や、施策の実行においても、組織横断的に行われなければ、いくら「データドリブン」を標榜したところで、現実の施策には繋がらないことはいうまでもないでしょう。

また一般に、先の(1)のように技術的困難を乗り越える必要があり、(2)のように自由なマーケティング的発想による施策立案が必要とされるGrowth Hackの取り組みにおいては、従前の職能にとらわれない幅広い能力や経験が求められるでしょう。そのことはたとえば、Growth Hackという言葉を広めたGrowth Hacker is the new VP Marketingというエントリにおいて、エンジニアリングとマーケティングの融合として、強調されていることです。

Growth Hackの何が新しいのか

Growth Hackを、単に「たくさんユーザ獲得するための方法の集まり」だと考えると、それは従来的なマーケティングやSEOなどと区別がつきません。それらが今後もユーザ獲得において重要であることはいうまでもないことですが、わざわざGrowth Hackという新たな名前が提案されたのは、上記に述べたような3点を重視するがためです。

  1. いわゆるビッグデータドリブンであること
  2. AARRRフレームワーク、特に"Referral"(紹介)にかかるヴァイラル係数を重視すること
  3. 新たな組織作りを含む、組織横断的な取り組みを行うこと

(1)昨今の技術的環境の変化にともなって大規模データの取り扱い・解析が可能となったことで、単に分析するにとどまらないユーザ行動の予測が可能になり、(2)ますますのソーシャル化による無機的なマス向け施策に対する、有機的なつながりの優位への対応 (3) 上記(1)(2)をうまく利用するために必然的に必要となる新たな組織・職能が求められている、という3点においてGrowth Hackという言葉が必要とされているというのがよりよい理解となるでしょう。

参考文献

書籍

アトリビューション 広告効果の考え方を根底から覆す新手法

アトリビューション 広告効果の考え方を根底から覆す新手法

Running Lean ―実践リーンスタートアップ (THE LEAN SERIES)

Running Lean ―実践リーンスタートアップ (THE LEAN SERIES)

分析力を武器とする企業 強さを支える新しい戦略の科学

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