2018年3月21日
親会社の総会に関係者として出席。いろいろと勉強になった。
国立新美術館へ。地下1階で昼食をとったあと、「ここから2 ― 障害・感覚・共生を考える8日間」を見る。いくつかのパートに分かれている。最初のパートは、知的障害のある人々による作品群。同じモチーフや技法に対する追求、というか、反復に興味を惹かれる。一番最後のパートでは、洋服をキャンバスとして絵を描いたものがたくさん展示されており、その様子をまとめた冊子を眺めると、洒落た感じで着こなしたりしていて、面白い。
出口あたりでは、福祉施設や知的障害者のアートコレクティブが売り物をしていたのだが、自分が子供の頃によく見ていたようなそれとはずいぶん異なり、キャラクター化されていたり、バリエーションがそろっていたりと商品性が高くて、この界隈も随分変わったんだろうなと思える。
次のパートでは、文化庁のメディア芸術祭かなんかで賞をとった漫画や作品が展示されている。全体的に、視覚・聴覚障害、認知症のありようを、他人がどのように共感できるかというテーマであるように、自分としては思えた。漫画としては「淋しいのはアンタだけじゃない」、「誰でもないところからの眺め」が印象的だった。その他、物理的な作品としては、点字を組み合わせると音に変換するデバイスや、視覚障害の状態を追体験できる出し物(残念ながら故障により体験できなかったが)など。
ローティ的な「感情教育」のためには、彼は小説を読めというわけだけど、それはともかくとして、アート的なアプローチによる疑似体験が有効であると思っていて、その意味でスプツニ子!さんの「生理マシーン、タカシの場合」という作品がとてもわかり易くそれを示していると思っている。今回、特に漫画としては「淋しいのはアンタだけじゃない」が、漫画ならではの表現の追求によってそれを表現していたし、点字や視覚体験の点字なども、ある意味楽しんで体験できるという意味で、啓発的だと思う。
続けて、「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」を観る。題名こそ印象派推しではあるが、これはミスリーディングで、ビュールレ氏のコレクションが立派だなあと思うのは、歴史的な見立てをちゃんと持ちながら集めているところだろうと感じた。たとえば、18世紀におけるグァルディの光が印象派をさきがけているとか(カナレットの2枚も素晴らしかった!)、印象派後のものはあまり出てはいなかったが、ゴッホやゴーギャン、ブラックやピカソなども少しはあって、西洋絵画の歴史をおおまかに一覧できる展示で、とてもよい企画だったと思う。
久々に夕食を作成。やや集中に欠け、味がブレてしまって反省……。
その後、『たまもの (ちくま文庫)』を読了。神藏さんと坪内祐三さん、末井昭さんとの関係を中心にした話と写真。話そのものもさることながら、末井さんを撮った写真が特に、底知れない茫洋さを感じて、強く印象を残す。さらに、「淋しいのはアンタだけじゃない 1-3巻セット」、「誰でもないところからの眺め」を読んだ。