Kentaro Kuribayashi's blog

Software Engineering, Management, Books, and Daily Journal.

2015年9月8日

朝のメディテーション、20分。いつも通り。このマンネリ感をどう脱したらいいのか。先日の、すごく集中できた感じを取り戻せない。もっと早寝早起きして、眠くない状態で長く時間を取ればいいんだろうとは思うけど。

昼食は、魚べい。このジャンク感。たまらないね。

世の中には、いま現在、どういう「プラットフォーム」があるのかをリストアップする。自分たちがそのうちのどれに乗っていて、そこから離れることが可能なのか、さらには新しいものを作ることが可能なのかを考える。それぞれのプラットフォームを細かく見ていく。どういうレイヤの構成によってプラットフォーム全体が成り立ち、それぞれのレイヤにどういうプレイヤがいるのか。自分たちの立ち位置はいまどこにあるのか。

帰宅して、夕食を作成する。買い物に行くのがだるかったので、冷蔵庫にある野菜を使って(ほぼ)ヴィーガン食(ほぼ、というのは、出汁に魚が入っているので)。小松菜としめじのおひたし、人参とピーマンの金平、キュウリ・茗荷とオリーブの和え物、舞茸とエリンギの炊き込みご飯。ちょっと油断して、いまいち味がピッと決まらなかったなあ。

メディテーションをした効果としてふりかえってみると、考えが「彷徨い出し」た時に、たまには「あ、いま彷徨ってるな」と感じられるようになった。それがなんなの?というのはわからない。料理をしている時って、ちゃんと分量を計ったりしてるわけじゃないから、集中力が必要で、それが欠けているといまいち味が決まらない。そういう意味では、料理中の方がメディテーションを必要としているのでは?と思う。

というか、普通に信頼できるレシピを、ちゃんと計量しながら再現する方がいいとは思うのだけれども。

仕事の面でいろいろ考えることがあって、自分自身、いま自分にできることの枠内でしか物事を考えられていないなと思ってよくないので、もう少し違うこともやってみようと思って、本を読んでみたり。理解が及ばないこと甚だしい感じなのだけど、とりあえず荒くても地図を作らないことにはどうしようもないので、食らいついていきたいところ。というわけで、当該分野にいいシリーズが刊行されているところなので、できるだけ読んでみることに。

これまで何度か引っ越しをしているのだけど、その度に数千冊単位で本を処分してきた。いまのところに住み始めてからしばらくは本をほとんど買わなかったのだけど、ちょっと勉強する必要があってまた買い始めて、いままた経営学関連の本を中心に数百冊ほどがそのあたりに乱雑に積まれている。しかし、もう本棚とか買ってもしかたないでしょという気分なので本棚は買いたくないのだけど、うつわのための棚はほしい。

本は興味の移り変わりで無益になり得る、というか、これまで多数がそうなってきたわけだけど、うつわにせよ調理器具にせよ、料理をし続けている間はよほど趣味が変わらない限りは一生役に立つだろうので、その意味ではそこにお金を使うべきなんじゃないか?と思ったりした。しかし、いまの部屋にはこれ以上なにかを置くスペースはないのであった。引っ越したい。しかし、家賃をこれ以上払いたくないので、それも難しい。

そんなことをしながら、買ってきたワインを飲む。一本空いてしまった。