Kentaro Kuribayashi's blog

Software Engineering, Management, Books, and Daily Journal.

最近の村上愛さんについて

自らを負けず嫌いであると評価し、そのことを誇るひとはわりと多くいるけど、そのうちの多くは、単に負けたそのときだけ多少気分を悪くするだけで、その後、勝つために特段の努力するわけではないだろう。つまり、彼/彼女にとっての負けず嫌いとは、単に負けてむくれるだけの己を正当化する方便に過ぎない。
自分の性格をひとことで表すと?との問いに、必ず「リ|*‘ヮ‘)|<負けず嫌い!」と答える村上愛さんについてはどうか。彼女の負けず嫌いは上述したような自己慰撫的なものでは断じてない。それどころか、むしろ自己破壊的なまでになんにでも闘志を燃やし、全てのジャンルで全ての存在に打ち勝とうとすら試みる。
いま僕に足りないのは、村上さんにとってそうである意味における「負けず嫌い」な態度ではないかと思う。いまここで負けたまま、そして負けていることにちょっと残念な思いを抱くだけ、特に努力もしないまま、ただ愚痴を述べるだけの人生とはおさらばだ。℃-ute とは、なかんずく村上愛さんとは、僕の人生の師の謂いである。
しかし、最近の村上愛さんは少し目に余るのではないか。あみ口(アヒルみたいな唇の形を作った表情。鈴木あみ(現・鈴木亜美)さんにより、媚態の一種として 20 世紀末に一般化)があまりにも多過ぎる。誰か注意するひといないのだろうか。
あみ口は簡単にカワユスさを向上することができる技術であるが、ここぞという場面で効果的に使わないと、多用することによって頼り切りになり、いま鈴木亜美さんはあのようなていたらくなわけだ。
「即 抱きしめて」の PV で 2 回あみ口ってたのでややヤバイ感じを抱いていたが、最近の公式写真は亜美口が目立って多いし、先日発売された『みんな大好き、チュッ!9 笑顔!変顔!決めポーズ!- Hello!Project 2006 Summer』においては、9 割以上、あみ口の写真が収められている。村上愛さんのいい点のひとつがあの表情の多様さなのであってみれば、これは大変にゆゆしき事態である。
この大事な成長期に間違った、安易なカワユスさに走ることは、彼女の今後の芸能活動にとって命取りになりかねない。早急に僕の手で善導する必要がある。