Kentaro Kuribayashi's blog

Software Engineering, Management, Books, and Daily Journal.

アジャイル開発プロセスの実証的効果検証について

これまでこのブログであれこれ書いている通り、今年は勤務先の有志によりスクラムが大規模に導入され、様々なひとたちの協力と粘り強い実践のおかげで、徐々に定着しつつある。当初の理想のようにはうまく行かないことも多かったけれども、もっとよくしようという工夫、よくなるはずだという信念によって、実践に取り組んでいる人々の中では、改善の効果が実感されつつあるように思う。

しかし、問題がないわけではない。もちろん、プロセスそのものをさらに改善できるという意味でも課題はあるが、それとともに、導入の効果を実証的に示すことがなかなか難しいということも大きい。簡単にいえば「で、スクラム導入によってなにがどれぐらいよくなったの?」という端的な質問(別に誰かにそうきかれたわけじゃないけど、自分自身にそのように問いなおした場合)に、うまいこと答えられないということだ。

VersionOneによる年次報告のような継続的な調査はあるにはあるのだけれども、その中でも効果については"Benefit"という1ページのセクションがあるのみで、内容も明白な説得力があるというところからはほど遠い。おそらく、アジャイル開発プロセスを導入した各社にとっても、実態は同じようなものではないかと想像する。そのあたり、うちはこういうふうに実証的な効果検証をしているというところがあったら、是非ご教示いただきたく思う。

アジャイル開発プロセス導入だろうがなんだろうが、組織的行動は、組織(ここでは会社)のアウトプット、すなわち成果を目的としている。「会社の成果とは何か?」という問いには複数の回答があり得るだろう。中でもわかりやすいのは利益という指標だが、しかしそれはドラッカーのいう通り、存立の前提条件ではあっても、それのみを目的とするべきものではないだろう。ただまあ、利益が明白にドカーンとあがるみたいな、効果がわかりやすく現れるのであれば通りは早い。しかし、ことはそううまくは行かないのである。

そういうわけで、利益だけを指標にするわけにはいかない。また、利益のような様々な要因により変化し得る指標のみを追跡すると、プロセスの導入が向上に貢献したかどうかを確定できない(これは、リーン・スタートアップにおけるvanity metricsの問題と同様である)。それでは、他にどういった指標が考えられるだろうか。たとえば以下のようなことを考えることができる。

  • ミクロ: チーム構成員のモチベーションやコミットメントの上昇、会社への信頼度の増大
  • マクロ: ヴェロシティ、リリース回数、離職率の減少、競合との比較、マネージャの満足度

もっとたくさん挙げることは可能だろうが、あまり意味のある感じもしない。というのも、上記指標が向上したことそのものの価値をまず示すことが難しい面がおおいにある(「モチベーションが上がったからって、それでなんなの?」という素朴な疑問は抱き得る)。次に、そもそもそれら指標をプロセス導入以前から継続的に取得していない限り比較ができないので、効果検証にならない(もちろん、いまからでも調査する意味はあるとは思うけれども)。

そこで、発想を転換する。実証的効果検証などそもそも困難過ぎるのでいったんおいておく。

マクロ組織論は、組織のライフサイクルについての理論において、組織が次のような段階的発展を遂げることを説いている(『組織の経営学―戦略と意思決定を支える』)。

  1. 起業者段階
  2. 共同体段階
  3. 公式化段階
  4. 精巧化段階

それぞれの段階の内容について述べると長くなるので、ここでは省略する。だいたい想像がつくだろう(詳細に興味があるひとは、上述の書籍を読んでください)。各段階それぞれにおいて、それぞれの特徴や、それらの段階に応じた危機の局面がある。たとえば第4段階(精巧化段階)における危機とは、官僚制化した組織を再活性化させる試みが不備に終わり、それが徐々に衰退していくというものだ。こうした段階は、業態を問わず、およそ組織と名のつくもの全てにあてはまるとされている。このことは、直感的にも支持し得るのではないか。

真正面からの分析的な効果検証は、先述の理由により根拠の調達が非常に困難である。そこで発想を転換して、組織というものがマクロ組織論のいうライフサイクル理論にあてはまるものなのであってみれば、各段階においてそれぞれ対策を取らない限りは、どのような組織も必ず直面する共通の危機を乗り越えられない。そして、危機を乗り越えた/乗り越えられなかった企業の命運についての事例は膨大にある。

つまり、効果検証云々をいう前に、組織のライフサイクル理論的見解を前提にすると、なにか変革を起こさなければならないこと自体も前提となる。そのなにかがどのようなものならより効果が高いかについては議論可能だが、その効果検証は先述のように困難なので、それならば、誰かがリーダシップを取ったことによってたまたま生起したもの(事前・事後の検証がどうあれ)であっても、それが変革である限りは、そのことに真剣に打ち込み、組織を挙げて取り組むことが、最も選好されるべき戦略だろう。もちろん対案があるのであればそれもやったらいい。どれかひとつに限る必要はないのだから。

というわけで、標題の問題意識を念頭に置きつつも、それとはまた異なった理論的見解の導入による発想の転換から、アジャイル開発プロセスの導入についての根拠がまたひとつ調達されたことと思う。あとは、自信を持って根気よく工夫を続け、粘り強くことを先へ、もっと先へと進めていくだけである。