Kentaro Kuribayashi's blog

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猪瀬直樹・著『作家の誕生』

作家の誕生 (朝日新書48)

作家の誕生 (朝日新書48)

次期東京都副都知事に就任することになった猪瀬直樹氏による『作家の誕生』を読んだ。同名タイトルのNHK人間講座のテキストを加筆訂正したものということもあり平明な記述で、また、著者の文芸三部作(『ペルソナ 三島由紀夫伝』『ピカレスク 太宰治伝』『マガジン青春譜 川端康成大宅壮一』)を機会がなくて読んでいなかったので、初見のエピソードがたくさんあり、非常に楽しめた。
タイトルにある「誕生」は、現代思想的な文脈でいう「作家の死」などという言葉とは全く関係なく、端的に、「作家」が経済的に職業として成り立つようになった過程を踏まえて語られている。明治の終わり頃には、そもそもマーケットが非常に狭かったため、作家専業では食えなかった。それが、雑誌や新聞の隆盛によるマーケットの拡大や、また、そのことがもたらした、本書では現在のネット文化と対比して語られる雑誌への投稿文化に見られる受容層の多様化により、作家が職業として経済的に成り立ちうるようになったわけだ。
本書は、作家が「誕生」する過程において起きた諸現象、つまり、醜聞の社会現象化、夏目漱石朝日新聞社員としての作家活動、淡い恋に憧れを抱く一介の投稿少年としての川端康成、瀧田樗陰ら名物編集者が作っていった雑誌文化、菊池寛の生活者としての視点と商才溢れる活動ぶり、島田清次郎賀川豊彦といった作家による大ベストセラー小説の出現、円本による多くの作家たちのいまでは信じがたいほどの経済的成功等、できるだけ文学的な伝記性を廃しつつ、徹底して、経済的な面から作家という職業の歴史を綴っている。もちろん、他の著者に見られるような文学コミュニケーションの歴史を追う記述も面白いのだけど、個人的には、美しいことばかり書いてたって、それでどうやって生活するんだよ?という気分が強いので、本書のようなアプローチは願ったりかなったりだ。
しかしだからこそ、太宰治三島由紀夫をそれぞれ扱った最終3章はやや退屈に感じた。太宰については、それぞれのエピソードは面白くはあるが、作家と経済という点では、彼は津軽の富豪の息子だったのであまり切実さは感じられないのだし、三島の章にいたっては、大蔵省を辞める辞めないのあたりは面白かったものの、かなり文学論の趣が強く、個人的にはいま読みたい文章ではなかった。
本書のようなアプローチを取る本としては、日垣隆・著『売文生活』も面白い本だった。是非、合わせて読まれたい。

売文生活 (ちくま新書)

売文生活 (ちくま新書)