Kentaro Kuribayashi's blog

Software Engineering, Management, Books, and Daily Journal.

2018年3月13日

花粉症になって数年経過した昨日、いよいよ耐え難くなってきたので初めて薬剤を処方してもらい、服用を始めた。昨今の薬は眠くならないという触れ込みであったが、猛烈にボーっとして眠いし、厳しい。

評伝 ゲルハルト・リヒター Gerhard Richter, Maler』を読む。70年代までの、常にスタイルを変えていくことこそがスタイルであるところから、アブストラクト・ペインティングのシリーズに傾斜していく過程に、その変節と同じぐらいの年齢に差し掛かっている自分として、興味を覚える。それにしてもリヒターは、あらためて「最後の画家」というにふさわしい。カタログ・レゾネが作成される画家が、今後あらたに現れるだろうか。

マックス・リヒターの「25%のヴィヴァルディ RECOMPOSED BY マックス・リヒター」をひょんなことから聴き、構想力と、現代的かつ美的にまとめあげる力量に感服したところだった。そういうのを「ポスト・クラシカル」というらしいと知り、その文脈で紹介されていたJacob Pavekの“Illume”を聴いてみたのだが、趣味に合わなかった。

クラシック志向の新曲作家が、映画音楽に活路を見いだすようになって久しい。重厚な和音が濁る、感傷的な音楽。そういうのよりも、スカルラッティやモーツァルトの最良の作品のような、何の意味もなくコロコロと転がっているような、そんな音楽を聴いていたいと思うのだが。そんなわけで、イーゴ・ポゴレリチによるスカルラッティのソナタ集を聴く(そして、やはりホロヴィッツの演奏の方がずっと素晴らしいと何度めかで思う)。

今年に入ってから、中里伸也さんの作品に感銘を覚えた。その過程で、彼のインスピレーション元=オマージュ先のひとつであるニコラ・ド・スタールという画家の存在を知り、その作品にも強く心揺さぶられている。そこで、1993年に日本で行われた展覧会の図録をヤフオクで落札したり、『ニコラ・ド・スタールの手紙 (1984年)』を取り寄せたりしているところ。